世界初のミュージカル化に成功した宝塚歌劇での初演から26年・・・、小池修一郎演出の『グレート・ギャツビー』が新たによみがえります! 
初演『華麗なるギャツビー』でギャツビーを演じられた杜けあきさん、2008年の再演『グレート・ギャツビー』の瀬奈じゅんさん、そして2017年の新ギャツビー、井上芳雄さんによる3名の新旧「ギャツビー座談会」が実現しました!



新しい音楽だけど流れはほぼ同じ 宝塚版とここが違う
杜: 今回は私達の宝塚版とは全く違うらしいって噂で聞きましたよ。
瀬奈: 私もそう聞きました。曲も違うし。
井上: いいえ、曲は全部新しくなりますが、小池先生はやはり宝塚版の流れをあまり変えない方向のようです。
杜:

では、若いときのシーンは今回も?

井上: あります。宝塚版と流れは一緒です。若いと言っても実際にはデイジーと恋人だった時代から、その後の再会まで5年しか経っていないんですよね。そこは演出で、キリッとした若い将校だったギャツビーが、闇の世界に入って変わるという落差がつけられています。
杜: 宝塚の世界は、リアルから外れて夢のあるものを作るから、ちょっと前のピュアだった頃の恋愛をより若く描いていたのね。
瀬奈: シャツを投げたりもする?
井上: むっちゃ投げますよ。今日も稽古でありえないくらいに投げました。メロディーは違いますが、ギャツビーのパーティの曲もありますよ。
瀬奈:

わぁー!嬉しい!衣裳も楽しみですね。フラッパーの女の子たちのおしゃれな衣裳とか!


宝塚版の主題歌「朝日の昇る前に」秘話!
井上: 「朝日の昇る前に」あれは本当に名曲ですよね。僕も移調してカラオケでたまに歌うんですけど…
杜・瀬奈: (笑)! 歌うの?
井上:

ただ、男性が歌うと、あんまりピンと来ないんです。

杜: えー!? そうなのー!
井上: 生身の男の僕らだと太刀打ちできないんですよ。だから男声用に新しい曲を作ってもらう事になりました。特にあの歌は特別なものだから、僕たちは歌えないですよ。お二人にとってはとても大切な曲ですよね。
杜: 本当に素晴らしい主題歌。起承転結があって組曲になっているの。歌詞とメロディーに大きな物語があって、あの歌だけでギャツビーを表現できている、素晴らしい歌なので、私は退団のときに歌いました。今でも様々な機会で歌っています。
瀬奈: 私はギャツビーの1つ前の公演で相手役の彩乃かなみちゃんが辞めて、その後は相手役が決まっていない状態で、すごく孤独を感じながらやっていました。そして男役としてここまで素敵な役を頂いて、自分で納得いく舞台ができたという何かがあったので、ギャツビーをやり終えた時に「あ、もう宝塚を辞めよう」と決意したんです。だから退団公演のサヨナラショーでも「朝日の昇る前に」を歌いました。
杜: 初演当時、宝塚で「這いつくばった」という歌詞があまり美しくない、という話も出たんですよ。でも小池先生が「どうしても“這いつくばった”以外に思いつかない」と言うんです。ですから、どう美しく歌うかをとても工夫しました。シチュエーションが変わって何度も歌うので、場面に合わせて気持ち優先で歌いたくて、作曲家の先生と相談しながら、ここはすごくゆっくりにしたい、ここでパンッと切りたいとか、試行錯誤しながら一緒に作れたのがすごく面白かったです。これがオリジナルミュージカルの醍醐味だなと思いました。今回、新曲になるので、また一から作ってゆく楽しみがあるんでしょうね。

小池先生のギャツビーへの思い入れは尋常じゃない!
杜: 最後のシーンはどうなるんですか?原作とは違うけれど、私は宝塚版のデイジーがギャツビーのお墓に花を手向ける、小池先生オリジナルの最後の場面がすごく好き。
井上: そこは観てのお楽しみに。ただ一つ言えるのは、小池先生という方はものすごくロマンチストです。
瀬奈:

(力強く)その通り!

井上: 稽古場では、先生が誰よりも可愛くデイジーを演じていますから!
杜: えー? デイジーを!先生が!?
井上:

シャツを持って泣くシーンを渾身の演技でやって、渾身のまなざしで僕を見てくれるんです。

杜・瀬奈:

アハハハ!(笑)

井上: 今までもそうやって演出される方ですけど、今回の作品への思い入れは凄いですよ。
瀬奈: 良くわかります!
杜: 私は小池先生の処女作の『ヴァレンチノ』(宝塚バウホール公演)をまだ3番手のときにさせて頂いたんだけど、その時に既に先生の中にギャツビーの案があったそうです。すごく昔ですよ!
井上:

ずっとあたためていたんですね。

杜: そう。当時私がまだ20代だったので、少年時代のシーンもあるヴァレンチノの方になったようで、その後、大劇場公演で満を持してギャツビーをやる時は、先生も気合いが入っていたと思います。今日の鼎談のために、相手役でデイジーを演じた鮎ゆうきさんとお話したんですが、最後のお墓のシーンは、小池先生が逐一こだわってすごかったんですって。薔薇の花の持ち方、車からの降り方、歩き方、投げるときの手の角度まで!
瀬奈: 私のときは、小池先生が日生劇場で自分の作品をやるのが初めてだったんです。日生劇場で、尚且つギャツビーを1本ものでやる夢が叶って、打ち上げのときに先生が大号泣で!びっくりしました!
井上: 今回も泣いてもらえるかな!?
杜: その時は、抱きしめてあげてね。
井上: (笑)抱きしめるかどうかはわかりませんけど…。

ギャツビーは死ぬときに何を思ったのか?
瀬奈: 当時はギャツビーって1人の女性を愛し、芯の部分はピュアで…と思って演じていましたが、今、宝塚から離れてみると、また少し違って見えます。ギャツビーは愛する女性のために死んだけれど、それは自分のエゴだし、全てを手に入れたいという欲深さがなせる行動だったりするから、ある意味、本当にアメリカンドリームを夢見た欲の固まりの人なんだな、と今なら思います。今回の芳雄くんのギャツビーは、宝塚では描かれなかった部分も表現できる楽しさがあると思います。
杜: 当時の私は、“悔いなく死んだ”という解釈でやっていたけれど、今、あさこ(瀬奈)のお話を聞いたり、今日この鼎談の為に改めて昔の映像で見たら、本当はギャツビーは悔いだらけだろうな、って思ったんです。
瀬奈: そうですよね。
杜: 結局、彼は生まれ持った運命から最後まで抜けられなかった。デイジーを手に入れるために無理なことを沢山したけれど、本当は社会への不満、時代への反抗もあったんですよね。才能があってデキる男なのに、お金が無いから成功には程遠い。その目標として大金持ちになって、最高にゴージャスな彼女を手に入れる為に尽くして隣りに行ってはみたけれど、結局は息絶えてしまう。宝塚時代は、デイジーを愛している顔で死んでいったと想像しますが、もし今私が演じたら、"ああ、俺の人生こんなもんか、ハハッ”と思いながら、皮肉がこもった、不思議な微笑みを浮かべて死んでるかもしれない。
瀬奈:

その後、デイジーはしたたかに生きていけるんだって考えたら、ギャツビーもそれなりのしたたかさがあったと思います。宝塚のギャツビーはそのあたりを素敵に美化しているんですよね。

杜: 今回、せっかく男性が演じて下さるから、そこは是非表現して貰いたいな、という欲張りな気持ちもありますね。
井上:

やればやるほど、色々な捉え方ができそうですね。少しまた年数を空けてやればまた違うものが出てきそう!

瀬奈: そうかもしれない。ギャツビーは一生を通してやり続けられる役かもしれない。
井上: いや一生はちょっと…。
瀬奈: おじいちゃんになってもギャツビー(笑)
杜: 5年後、10年後でも全然違ってくるんじゃないかな。やっぱりこの作品、そして小池先生は凄いって思います。

ギャツビーは「越えるべき男」!
井上: この役に出合えて幸せだったというお二人の思いをお聞きして、改めてすごい役なんだと思いました。逆にこれほどの役だと、ギャツビーを越える役に出合えない、とかはないですか。
杜: ないですね。やっぱりギャツビーって「越えるべき男」なんじゃないかな。
瀬奈: おおー! ステキ!
杜: お金は手に入れたけど成功の人生ではないですよね。
瀬奈: 一途に愛する人のために死んでいく、カッコ良い男なだけではない。
井上: なんとも愚かな人間ですよね。
杜: でもかわいいよね。
瀬奈: はい! 愚かだけどかわいい。
井上: 伝説のギャツビーお二人に、今の僕に一番身になるようなお話を伺って、お二人のギャツビー愛の大きさも感じました!今までの歴史があっての今回のギャツビーですし、皆さんとのご縁、絆を繋ぎながら作品を作っていける事は、すごく素敵なことだと思いました。今日はありがとうございました!

文/郡司真紀 撮影/花井智子