ユーミン×帝劇vol.3『朝陽の中で微笑んで』劇評




500年後の純愛物語

500年後の世界は?歌と演技が響き合う、シンガー・ソングライターのユーミンこと松任谷由実の帝劇公演も3作目。西暦2517年の純愛物語を見せる。
高層ビルの間を自転車やスケートボードが飛び交う。会話には「クローン狩り」「カメラの死角は5%」といった物騒な言葉が混ざる。恐らく科学技術の進歩の果てに、生命捜査や住民監視が過熱したのだろう。脚本・演出の松任谷正隆は、不穏な未来像を提示する。
主人公は、警察の取り調べを受けている無職の中年男・鳴沢(寺脇康文)。彼は20年前に恋人の恵美を難病で失い、現在は高校生の紗良(宮澤佐江)につきまとう。それはなぜか?謎をはらむ物語が進むうちに、鳴沢と恵美の狂おしい愛が明らかになる。
ユーミンが披露するのは14曲。多くが時について歌い、永遠、宇宙、未来といった壮大な歌詞も含む。それらは過去2作以上に物語に密接に絡み感動を高める。紗幕に当てる映像、抽象画風の背景などで未来や追憶の情景が浮かぶ中、俳優たちに寄り添って優しく力強く歌われるのだ。例えば、鳴沢と紗良が初めて会話した場面の後は「雨に願いを」という曲。「心を促す 見えない時計は 止められない」という歌詞が2人の運命を暗示する。
鳴沢に絡む若い刑事や医師ら脇役のエピソードも丁寧に描くため、3時間超と長大になった。だが、人のことを思い、悩む登場人物たちを見るうち、脳内に像を結ぶのは刹那の愛や命の輝き。未来でも変わらぬ、人を愛すること、思いやること、切なさ―。時が流れても心の美しさは色あせないでほしいという、祈りが感じられた。今回も泣ける。

祐成秀樹 2017年12月5日 読売新聞


感情と歌が揺さぶる永遠の愛

歌う松任谷由実、演じる俳優陣が交差し融合を目指す舞台「朝陽の中で微笑んで」(松任谷正隆脚本・演出)が、東京・帝国劇場で上演中だ。未来の愛の姿を淡い希望をまぶして描き、見えない「永遠の愛」を信じられる者の心の鐘を打つ。
2517年。50代の肇(寺脇康文)が死別した恋人恵美に似た紗良(宮澤佐江)に出会う。紗良は実は恵美のクローンだった。生み出した大崎医師(六平直政)、依頼した肇、紗良に捜査の手が伸びる。永遠の愛を誓うも引き裂かれていく肇と紗良。オムニバス的構成で、14の歌が各場面を導き、溶け込む。「ユーミン音楽劇」の3作目だ。
愛の形は「恋人同士」「父娘」「母息子」という三つの集合のベン図を描き、すべてが交わる位置にユーミンがいる。愛する女性、娘、母は、いわばユーミンの分身で、分身らの感情に歌声が、歌声に分身らが揺さぶられる。歌にセリフや動作がかぶる。過去作に比べ、歌と演技の有機的連関が著しい。
作家カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」も想起させ、紗良は絶望的存在であるだけに、宮澤のひたむきな姿は哀感を誘う。寺脇は2度の別れの苦しみにのたうつ。大崎の娘役の水上京香らのセリフに、臓腑からしぼり出されるような”愛の吐血”が垣間見られる。
最高潮を迎えるタイトル曲の場面。ユーミンは巫女か女仏的なたたずまいで、大ぶりの蓮花装置(美術は松井るみ)に包まれ、あたかも慈しみに満ちた“ゴッドマザー”だ。歌声はここに来て、ドラマ全体の感情を天界から物語るかのように、深く熱く、今までにない境地を示す。
盛り込まれた多量な要素、前半のテンポなど、各面で注文は出せるかもしれない。だが、舞台は、目に映るすべてのものだけでなく、目に映らぬものもメッセージとして伝え、感動のさざ波を小やみなく送り込んでくる。
米原範彦 2017年12月4日 朝日新聞/17-6555
朝日新聞社に無断で転載することは禁じられています。




ユーミン×帝劇vol.2『あなたがいたから私がいた』劇評




芝居と共鳴するユーミン
東京・帝国劇場で10月に上演されたユーミン音楽劇「あなたがいたから私がいた」(松任谷正隆脚本・演出)。楽曲の良質さがもたらす新味のエンターテインメントとして、今後も注目できる。主演のミュージシャン松任谷由実(ユーミン)の歌と、俳優による芝居が交差して進行する。俳優が繰り広げるユーミンソングの“ライブ・ミュージックビデオ”の体だ。戦時中から戦後にかけ、傷つきながらも深まっていく、幼ななじみの園子(比嘉愛美)、春子(福田沙紀)、栄一(渡部豪太)の絆を描く。
計14曲謳うので、芝居の時間は圧縮され、熟成には遠い。ただ、ユーミンは芝居の世界をなぞるように、世界を広げるように、やさしく歌う。観客は芝居に、歌詞に共鳴するものを探し始める。
ユーミンの歌は主に1970年台から90年代始めにかけてのポップなアートの雰囲気を持ち、声は“近未来的な哀愁”と表現したくなる風情を伴う。それが戦争を描く芝居とマッチするかどうかは、意見が分かれるかもしれない。
しかし、思いを伝え合う比嘉と渡部の間を縫うように現れるユーミンが歌う「ダンデライオン」の場面などは、歌、芝居、照明、美術(松井るみ)が見事に融合。施設に入った後の園子(藤真利子)が失った記憶を取り戻し、神に感謝するシーンなどでは、藤の演技が光った。
この舞台は、曲から立ち上がる多様なイメージや風景をとらえ、結実させたのだろう。ユーミンソングに新しい光を当て続け、一種の”古典化”を模索する試みにも思われてくる。
米原範彦 2014年11月17日 朝日新聞/A17-1224
朝日新聞社に無断で転載することは禁じられています。



ユーミン×帝劇vol.1『8月31日~夏休み最後の日~』劇評



飾り気なく 歌をじっくり
デビュー40周年のシンガー・ソングライター、ユーミンこと松任谷由実が、初めて演劇の殿堂・帝国劇場(東京・有楽町)で、約1ヶ月間の公演に挑戦している。作・演出は、サーカスを取り込んだ「SHANGRILA」など斬新なステージを手掛けてきた夫の松任谷正隆。本作も純愛物語にユーミンの歌が寄り添う個性的に舞台に仕上げた。
交通事故で意識不明に鳴った一彦(吉沢悠)の夢の中に、元恋人の千佳(貫地谷しほり)が入り込み、約1年ぶりに再開する。描かれるのは、一彦の脳内で記憶を巡る旅だ。思い出の風景は紗幕に光や映像を当てて幻灯のように浮かび上がる。その中で、2人が語り合ううちに、初めて声をかけた日、一彦の昔の恋人とのいきさつなどが再現される。ただし、同じ出来事に向き合っても2人の記憶は食い違い、感じ方は異なる。やがて、微妙なすれ違いから、思いとは裏腹に距離が開いていく。
ユーミンが歌ったのは「夢の中で」「最後の嘘」など16曲。エピソードの締めくくりに広大な空間に立って歌い、芝居の途中には回り舞台でピアノの弾き語りをする。ヒット曲を次々と繰り出したり、派手な照明や仕掛けを使ったりはしない。飾り気のない舞台でじっくりと歌を聴かせる。
演劇作品として見ると、脇役の人物像の掘り下げがもっと欲しい気もしたが、五感を刺激するユーミンの歌詞、温かな歌声が、懐かしく切ない物語に彩りを与えており、心にしみた。
祐成秀樹 2012年10月24日 読売新聞社