シアタークリエ『CREATION TOURS』

11月12日、シアタークリエにて『CREATION TOURS』なる企画が開催された。これは「演劇の世界をより深く知りたい」という気持ちを持つ中学生から大学生までの若者を対象に、劇場の裏側を案内するツアー。東宝が運営するシアタークリエや帝国劇場では、これまでも作品の舞台裏を見せる“バックステージツアー”を実施したことはあるが、作品ではなく“劇場”そのものにフォーカスを絞り、劇場の諸所に込められた思い、設備や機構、さらには働いている人たちの声を伝える企画は初という。定員15人のところに応募はなんと570件。抽選で選ばれた学生たちがこの日のツアーに参加した。
まずはシアタークリエの1階ロビーにて、企画者でありこのツアーの案内人・東宝株式会社演劇部シアタークリエの三輪さん(今年の新入社員とのこと)、伊達支配人、幕内の渡辺さんよりご挨拶。伊達支配人からは「今日の経験が、皆さんにとって何かのきっかけになれば」という期待も語られる。三輪さんからは「シアタークリエで何か作品を観たことがある人ー?」といった質問や(ちなみに大半が「観たことがある」とのことですが、初めて来た人も何名か)、劇場には危険な場所もあるため係員の指示に従うこと、一部禁止とアナウンスする場所以外は自由に撮影していい旨などが伝えられ、ツアーはスタート。
その後、《菊田一夫像》前にて、簡単に劇場の歴史と概要が説明される。シアタークリエは東宝株式会社が運営する劇場。前身は1957年にオープンした「芸術座」で、この劇場からは『放浪記』など数々の名舞台が生まれた。その芸術座は2005年にクローズ、その跡地に2007年にオープンしたのが「シアタークリエ」。ストレートプレイからミュージカル、コンサートまで多彩なレパートリーを上演している。「この秋はコンサートの『M.クンツェ&S.リーヴァイの世界~3rd Season~』、ミュージカルの『のだめカンタービレ』、ストレートプレイの『ビロクシー・ブルース』と、まさにクリエを象徴するかのような多様なジャンルの作品が上演されています」と、三輪さん。
さて、実際に劇場の中を見てまわる。「さまざまなこだわりがあるんですよ」と三輪さん。まずはエントランス入ってすぐ、正面にある《ギリシャ壁》。三輪さんは「当初は綺麗なガラスを飾るなどの案もありましたが、議論の末、大理石にギリシャ文字を彫ったこの形になりました。大理石は7000万年以上前の蓄積物から出来ている、つまりこの中には7000万年前の空気が閉じ込められています。歴史を感じ取ることができるというのは、まさに演劇のよう」と話し、また彫られている文字はギリシャ演劇のセリフであることなどを紹介。なお、わかりやすいところで、一番左の最上段は『トロイアの女たち』より「運命とは移り気なもの」というセリフが彫られている。
続いて階段アート(山本昌 作《喜怒哀楽》)を見ながら客席階へ。ホワイエの絨毯(棟方潤乃 作《楽器》)の紹介や、緩くカーブしている天井の上は客席であることといった説明に加え、「開場時間直前まで、ここで俳優さんが発声練習をしていたりするんですよ」なんて豆知識(?)を聞きつつ、客席へ入る。
客席は11列目までの前方席のみ千鳥配列&緩やかなスロープと10センチの段、12列目以降は段差20センチで見やすく設計されていることや、緞帳(塚本智也 作《森の中へ》)の紹介をしたのち、自由見学&撮影タイム。このイベント時、客席には“演出家席”(舞台稽古中に演出家が座るために客席に仮設された机)があったため、参加者たちに人気の撮影スポットとなっていた。
ここから説明は幕内・渡辺さんにバトンタッチ。なお幕内という職業は「(作品・カンパニーごとに集められるスタッフとは異なり)劇場に常駐し、劇場の施設すべてを管理するポジションです。同時に、シアタークリエの場合は照明さん・音響さんも劇場付きスタッフがいますので、そこを束ね、外部からやってくるプランナーさんとの調整をします」とのこと(伊達支配人・談)。渡辺さんからは作品が初日を迎えるまで、主にテクニカル面でどういう工程があるのか、といったお話が。まず音響平面図を見せながら複数あるスピーカーでどう客席の隅々まで音を届けられるかといったことから、客席後方頭上にある調光室、投光室、音響室の説明、バトン(吊りもの用)は美術バトン25本+照明バトン5本があること等、ハード面を説明。回り舞台の装置(いわゆる「盆」)も機構としてはあるが、クリエ公演の後、ツアー公演に行く場合が多いため、どの劇場でも対応できるように劇場にある回り舞台は使わずに仮設の盆を作り、その装置ごと各劇場に持っていくことが多い……といった話などを、参加者たちは興味深そうに聞いている。
そしてソフト面……稽古が約2か月前に始まり、劇場ではお芝居だと平均的に4日、ミュージカルだと5~7日仕込みがかかること、仕込みは建て込み1日、照明作業に1日、舞台稽古に1日半くらい使い、ゲネプロを最後にやる……といったスケジュールの説明なども。さらに実際に照明スタッフ協力のもと、高所作業台を使用しての照明作業も見学。セットが組まれたあとだとバトンを下ろせないため、直接照明機材のある場所まで登って作業するしかない、という解説もなるほどである。
その後スリッパに履き替え舞台に上がり、素明かりと照明が点いた中での客席の見え方を味わったり、逆に暗転中の暗さを味わったり、舞台袖にある「早替え場」を見学したり、搬入用のエレベータに乗ってみたりと、普段客席から見るだけでは知り得ない体験をした参加者一同。最後はふたたび客席に戻り、質疑応答コーナーへ。「この仕事だからこそのレアな経験」という質問で渡辺さんが演出部時代に経験した森光子さんとのエピソードを語ったほか、「舞台に関わる仕事をするために、学生時代にやっておいた方がいいこと」「部署配属はそれまでの経験で分けられるのか」という舞台関係の職業を考えている学生ならではの質問や、「支配人の仕事とは」といった具体的な質問が様々飛ぶ中、「席種の割り振り、値段はどうやって決められるのか」という演劇ファンなら気になる鋭い質問も出て、一瞬伊達支配人がドキマギするシーンも(実際に舞台の見え方を検証した上で、収益と支出のバランスなども鑑み決定しているとのこと「お客様のことも考え、毎度頭を悩ませています」と話していました)。
盛りだくさんの内容で、予定時間を少しオーバーしての終了となったが、散会後もロビーで参加者同士が会話をしている姿もそこかしこで見られ、参加者にとって良い体験になった模様。最後に改めて三輪さんに今回の企画意図を聞いた。「まず、僕も演劇が好きで東宝に入社したのですが、帝国劇場は歴史とともに、劇場内の美術品やこだわりなどもお客さまに知られていますが、シアタークリエのブランディングやこだわりはまだ浸透していない。そこを少しでも知っていただきたいというのが一つ。そして僕自身、毎日劇場ロビーに立って皆さまをお迎えする中で、僕の親世代の方や、その方に連れられてくるお子さんなどは多いのですが、同世代が意外と少ないなと感じています。この層を開拓することが演劇人口の増加に繋がるのではないかと思いました」と企画意図を語り、終了後のロビーの光景を眺めながら「今日初めて会った参加者同士がこうやって会話を弾ませている。演劇の輪を少しでも広げられたのではと思いますし、シアタークリエに来たことがない方もいらっしゃいましたので、『こんな面白いこともやっている』と知ってもらえるきっかけになったのでは」と安堵の表情。さらに「社内的にも関係各所の調整が必要な企画でしたが皆さんが本当に協力してくださいました」と先輩たちにも感謝の言葉を口にしていた。
伊達支配人も「やってよかったです。『いつも通り、お客さまをもてなす』というのが私たちの仕事ですが、コロナ禍もあり、どうしても保守的になってしまっていました。そんな中、若い三輪が企画してくれた。参加された方が喜んでくださったのはもちろん、実際にやるとなった時に裏側のスタッフがとても協力してくれて、いつも淡々と日々の仕事をしている人でも(笑)もともとは演劇好きであり、演劇に対して情熱を持っているということがわかった。そういうメリットもありました」と充実の表情で話してくれた。参加者のみならず、劇場スタッフサイドにも、大きな収穫のあるイベントになったようだ。
「演劇人口/観劇人口の増加」は演劇界の永遠の命題の一つ。今回のイベントは小さな一歩かもしれないが、劇場サイドが熱い思いを持ってこのような企画を実施してくれることが頼もしく嬉しい。この種まきが未来へ繋がっていってほしいと一演劇ファンとして願う。

(取材・文・撮影:平野祥恵)