『モーツァルト!』

まるで帝劇をひとりじめ。最新立体音響を採用した『モーツァルト!』Blu-rayを体験してきた!

『モーツァルト!』2021年キャスト版Blu-ray/DVDが、12月10日(金)より発売になる。Blu-rayでは音声フォーマットに、最先端の立体音響方式「ドルビーアトモス」を採用。東宝では今年10月に発売したBlu-ray『モーツァルト!』2014年キャスト版、『エリザベート』2016年キャスト版でもドルビーアトモス音声を採用しているが、今回は前2作品とは異なり、収録時からドルビーアトモス仕様で録音しており、より劇場体験に近い音が楽しめるようになっている。このBlu-rayを一足早く鑑賞してきた。

まずは『モーツァルト!』について簡単に説明しておこう。音楽の天才ヴォルフガング・モーツァルトの人生を描いた物語で、ウィーン・ミュージカル界のレジェンド、ミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイのゴールデンコンビが創作、日本でも2002年の初演以来再演を重ねる大ヒットミュージカルだ。リーヴァイ氏による壮麗な音楽、クンツェ氏が鋭く描く「才能が宿るのは肉体なのか?魂なのか?」という深遠なテーマ性、生身のモーツァルト(ヴォルフガング)に加え才能の化身としてのモーツァルト(アマデ)を子役が演じ、“二人一役”で天才モーツァルトを描く斬新さなどに人気が高い。2021年版は主人公のヴォルフガングを山崎育三郎と古川雄大がダブルキャストで務め、4~6月にかけ東京・帝国劇場ほか、札幌、大阪で上演された。

視聴に伺ったのは、このBlu-rayでドルビーアトモスの制作を担当した株式会社ポニーキャニオンエンタープライズ P’s STUDIOの〈MA(マルチオーディオ)スタジオ AR/ONE〉。7.1chの平面サラウンドに加え、天井に4つ、サブウーファーが1つ、合計12本のスピーカーが設置された(7.1.4ch)ドルビーアトモス対応のスタジオだ。まずは、実際に『モーツァルト!』のミックスをここで行ったという、プロ用の環境で視聴する。最初にスタジオで営業をご担当の近藤貴春さんと、実際に技術を担当したミキサーの村上智広さんよりドルビーアトモスの説明を受ける。

「ドルビーアトモス」とは、米国の企業ドルビーラボラトリーズ(ドルビー社)が開発した立体音響技術。従来の“まわりを囲まれたような”サラウンドの音に加え、高さ(天井)方向にも音を配置、そのことにより“音に包まれるような”空間を作り上げることができる。映画館でも採用されている技術であるが、今年6月にはApple Musicでもドルビーアトモスが利用できるようになったことから、急速に対応曲も増えている。

まずは古川雄大バージョン。冒頭の風の音からすでに立体的に聴こえる! 続く「奇跡の子」の、音の奥行きもすごい。今までのステレオの音声では“主旋律”“コーラス”と聞こえていたものが、コーラスひとりひとりの声を聞き分けることができそうな精密さである。「音が混じって潰れることがない」と言えばいいだろうか。そして古川ヴォルフガングの登場。「僕こそ音楽」で、銀橋に走り出る弾んだ足音まで綺麗に聴こえる感動。古川さんは鼻濁音の発声が綺麗だなぁ、なんて新たな発見までしてしまった。

ドルビーアトモスは、ソロナンバーよりもデュエットナンバー、コーラスナンバーでその本領を発揮するようだ。「何処だ、モーツァルト!」では、手前にいる古川ヴォルフガング&レオポルト(市村正親)、舞台奥にいるコロレド大司教(山口祐一郎)という位置関係が、音でもきちんと伝わってくる。「僕はウィーンに残る」の、ヴォルフガングの周りをコロレドの使用人たちが円を描くように移動する場面では、自分の頭を中心にコーラスの歌声がぐるぐる回る! ヴォルフガング目線での音だ(これは村上さんによると「劇場観劇では体感できない、ちょっとしたお遊び」とのこと)。

ちなみに音だけでなく映像も美しい。銀橋でヴォルフガングが歌いあげる「残酷な人生」などでは、センター真下からの煽り映像、銀橋真横からの映像など、客席からでは絶対に見ることのできない角度で作品を楽しめる。「並みの男じゃない」の古川ヴォルフガングの少年らしい可愛い笑顔も、「何処だ、モーツァルト!」のあと天使像をチョンとつつく山口コロレドの姿もしっかり押さえられており、ファンとしては嬉しい限り。

……と、音の良さをレポートしたところで、「といっても、再生する側の環境が揃っていないと意味がないんでしょ」と思う方もいるだろう。ここで場所を変え、〈P’s STUDIO Emulation A〉へ。こちらはホームシアターのような環境で、Blu-ray、DVDなどのパッケージ製品の最終チェックをする部屋とのこと。先ほどのAR/ONEスタジオと同じく7.1.4chのスピーカーとAVアンプ(DENONのフラッグシップモデル AVC-A110)を組み合わせた本格的なホームシアターの音響設備から3〜10万円程度で比較的気軽に購入できるサウンドバーなどが各種揃う。こちらで2幕を鑑賞する。

2幕は山崎ヴォルフガングバージョンで。「ここはウィーン」のコーラスからクリアである。ホームシアター環境でも、ドルビーアトモスの音の粒だった感覚は即座にわかる。そして山崎ヴォルフガングの歌声の豊かさよ。悲しさをストレートに表現する「何故愛せないの?」はもう、映像であることを忘れる没入感。ロングトーンのあとの残響すら詩的に響く。そういえば2021年版の山崎ヴォルフガングは、過去の公演より悲壮感がまして壮絶だった……。どんどん蒼白になっていく山崎ヴォルフガングの圧巻の演技は必見だ。また2018年公演より追加された新曲「破滅への道」が収録されるのは、CD含めこの映像が初! ヴォルフガングとコロレドの火花散るナンバーは、無観客収録だからこそのヒリヒリしたデュエットになっていた。なお2021年版はアマデ役が3名いたため、山崎版は1幕と2幕で別の俳優がアマデを演じている。カーテンコール映像は山崎ヴォルフガングを挟んで2人のアマデが登場するレアなものになっているので、そちらもご注目を。

舞台サイドから投げかけられる声などはきちんとその方向から聞こえてくるし、コンスタンツェのドレスの衣擦れの音や、楽譜をつかむかすかな音、そして暗転中の俳優たちの足音まで、帝国劇場(しかも前方席)で体感する音のまんまだ。“立体音響”と言っても、わざとらしく横から後ろから効果音が鳴ったりするようなことはなく(前述の「僕はウィーンに残る」などの例はあるが)、あくまでも劇場で体感するそのままの音を再現しているのが、演劇ファンとしては好印象。ただこの作品、登場人物たちが歌うメインの楽曲はリーヴァイ氏のオリジナルだが、実際にモーツァルトが作った楽曲がSEとして所々に挟みこまれている。その部分のサウンドはまるで脳内で音が鳴るような、不思議な聴こえ方をしていたのが面白い。

そして、ホームシアターよりさらに手軽にドルビーアトモスを楽しめるのが、スマートフォン+ヘッドホンの組み合わせだ。今回のBlu-rayでは、同封のシリアルコード利用で、スマホ・タブレット・PCで本編映像が視聴できる仕様になっており、こちらもアトモス対応している(MIRAILアプリを使用)。これは「疑似的に、頭の周りにスピーカーがあるかのように外から音が聴こえる仕組み。直接耳に入ってくるヘッドホンやイヤホンとは違う聴こえ方がします」(近藤さん談)とのことだが、AirPods Max(ヘッドホン)で体験したところ、外界の音が遮断されるため、ホームシアター以上に“音の世界”に入り込んでしまいそう。アトモスの立体感も、遜色なく感じた。

実のところ筆者は音響学にも最新オーディオ事情にもまったく詳しくない。正直なところ、今までのDVDなどでも不満を感じたことはなかったため「すごい技術で作られた最新のBlu-rayと言われても、その違いを理解できなかったらどうしよう……」という一抹の不安を抱きながら取材に向かった。しかしそんな筆者ですら従来のステレオ音声との違いは明確に聴き取れた。ドルビーアトモスは「イマーシブ(没入型)サウンド」とも呼ばれているそうで、まさに没入感。あまりのリアルさに劇場で観ている気分になり、思わず曲終わりで拍手をしたくなってしまう。

「前作(2014年版モーツァルト!、2016年版エリザベート)はすでにステレオ(2ch)で作られたものをアトモスとして疑似的に空間を広げた。それもミキサーの村上が様々な技術を駆使してなかなか良いものが作れたと自負していますが、今回は収録段階から関わらせてもらい、思う存分やりたいことをやれた。無観客収録だったこともあり、収録には120本近いマイクを使っています。その分、ゴージャスな音に仕上がっていると思います。帝国劇場で一番良い席に座り、しかも周りに咳をしたりするお客さんもおらず(笑)、俳優さんたちが自分だけのために演じてくれているような感覚を味わえます。まるで王様のような体験です」と近藤さん。

ちなみに近藤さん、ドルビーアトモスの説明のあいまに『モーツァルト!』の作品自体の素晴らしさも熱弁していて、非常に親近感。もともとミュージカルに特に興味はなかったそうだが、この作品に関わるうちにミュージカルの素晴らしさに開眼したそうだ。「ミュージカルを好きな人が、同じ作品を何度も観に行く理由がよくわかりました。その良さを知っている人にこそ、ドルビーアトモスで作品を味わってほしい」と話す。また村上さんも「作業のために何回も観ましたが、飽きない。何度観ても新たな発見があります」とのこと。作品に対してきちんと愛情をもっている人が作ったものって、いいですよね……。さらに、商品化に際しては実際に舞台のサウンドに関わっている東宝ミュージックの人の意見も聞き「この音は逆に広がりすぎないように」などのアドバイスをもらい修正を重ねたそう。『モーツァルト!』という作品に合わせてこだわり作った音は必聴だ。

なお、2021年版『モーツァルト!』は緊急事態宣言の影響で、帝国劇場公演に関しては千秋楽含む9日間が、また最終公演地・大阪では初日から7日間と前楽含む3公演が中止になった。行きたくても行けなかった方も、観るはずだったのにそれが叶わなかった方も多いだろう。そんな方にこそこのBlu-rayは味わってほしい。また中止になった前楽(山崎育三郎バージョン)を無観客で、そして翌日の大千秋楽(古川雄大バージョン)を有観客でライブ配信しているが、Blu-ray/DVDはこのライブ映像とは別のもので、山崎バージョン、古川バージョンとも帝国劇場にて無観客で収録されている。配信を観た方も、まったく別の映像なので、こちらも手に取ってみてほしい。

(取材・文:平野祥恵)