COLUMN

『メイビー、ハッピーエンディング』
~韓国オリジナルミュージカルの歴史を変えた、素敵な恋の物語~

日韓ミュージカル・コーディネーター
高原陽子

  • 前編
  • 後編

究極の繊細さを追求するクリエーターコンビ、‘ウィル&ヒュー’

前編で解説した通り、韓国で熱狂的な反応で迎えられた『メイビー、ハッピーエンディング』(以下、『メイビー~』)だが、その背景には非常にしっかりとした土台があった。まず、この作品が始まったのは2014年2月。戯曲を担当する韓国出身のパク・チョンヒュ(ヒュー)と米国人作曲家ウィル・アロンソン(ウィル)がストーリー構成を開始、その年の9月にウラン文化財団という民間財団の開発支援作に選定される。これは、ストーリー構成から上演まで時間も予算もない中、稽古初日にも完成台本がなかったりすることもある、半ば大味で、それが勢いとなって時に魅力を発揮する多くの韓国オリジナルミュージカルの制作環境とは一線を画すものであり、確固としたスタートを切った。その上、クリエーターのウィル&ヒューコンビは、その当時すでにイ・ビョンホン主演の韓国映画『バンジージャンプする』のミュージカル版で、コンビとして鮮烈なデビューを飾った後でもあり、まるで詩集を読んでいるかのような繊細な戯曲と、聴くだけで、すぐにウィルと分かるほどのどこまでも優しいメロディーで、多くのミュージカルファンを獲得していた。

トライアウト公演での大成功

韓国では、国や民間の文化組織から支援選定された場合、本公演に進む前に、台本リーディングやテスト公演が行われるのだが、『メイビー~』の場合もその例外でなく、2015年9月に、まずは観客や公演関係者の反応を観るトライアウト公演が行われた。すでにクリエーターコンビにファンがついていたため、あの‘ウィル&ヒュー’の最新作!という期待感と、若手有望株のチョン・ウクジン(オリバー役)&韓国の公演界が誇る演技の至宝、チョン・ミド(クレア役)というキャスティング(この二人は、オリバー:キム・ジェボム、チョン・ムンソン、クレア:イ・ジスクといった大学路を代表するスター達が勢ぞろいし、神キャストと呼ばれた初演でも同役を務めた。)により、チケット発売と共に売り切れた。つまり、『メイビー~』の完売神話は、このトライアウト時から始まっていたのである。韓国は海外のようにプレビューを長く行う文化ではないため、このテスト公演はたった二日間の公演であったが、そこはIT国家の韓国、仕事が早かった。公演終了後1か月も経たない内に、オリバーとクレアのデュエット曲を1曲まるごとのせた劇中ハイライト映像を、世界中で誰もが見れるように、youtube上で公開したのである。もちろん、その映像は現在でも公開されており、こちらで鑑賞することが可能(YouTubeへ)。 

ブロードウェイ進出も視野に!

韓国でのテスト公演の後、『メイビー~』が向かったのが、ウィル&ヒューの本拠地でもあるNY。2016年6月に現地の俳優達を使った英語版リーディング公演、10月にはショーケース公演を実現した。その過程で、ブロードウェイの大物プロデューサー、ジェフリー・リチャーズの目に止まり、ブロードウェイ進出に向けたプロジェクトが始まった。そして、今年1月から2月にかけ、アトランタにあるアライアンス劇場で、『メイビー~』の米国初演が上演された。今後、米国で『メイビー~』がどのような成長を遂げて行くのか、非常に楽しみである。

日常に寄り添ってくれるミュージカル

『メイビー~』の舞台設定は、そう遠くない未来世界。そう聞いただけで、無機質で冷たい印象を受けるかもしれないけど、劇中登場するのは、糸電話とジャズのLP名盤、古ぼけたレコードプレーヤー・・・と、どこまでもアナログの世界。オリバーとクレアという、未来ではすでに旧式となってしまったロボットが、出会い、恋に落ちて行くこの物語は、機械が主人公であるにも関わらず、懐かしくて、暖かくて、胸が締め付けられる程切ない。心がないはずの二体なのに、お互いを意識していくうちに、その言葉遣いも、眼差しも、動作もどんどんと血が通ったようになっていくのだ。最初は「二体」だったのに、だんだんと「二人」になっていくように。そんな‘二人’を彩るのが、繊細さを描かせれば韓国ミュージカル界で右に出るものはいない、ヒューの完璧なドラマ展開と、キャラクターが話しているかのように優しく奏でられる、ウィルのメロディーだ。見れば見るほど、クリエーターの二人が、いかにオリバーとクレアを大切に愛し、一語、一曲丁寧に仕上げているのかがわかる。
韓国ミュージカルというと、‘一体、その声はどこから出ているんですか?’と本気で質問したくなるほど、俳優達の圧倒的な声量を駆使したビッグナンバーの連続、事件が起こり、常に死と隣り合わせのドラマチックな展開で、日常を忘れさせてくれる作品が多いが、この『メイビー~』はその対極にあると言っていい。少しシャイで、クラシックジャズをこよなく愛し、植木鉢が友達という、真面目で不器用、でも心から優しいオリバーと、チャーミングで、何事にもめげず明るいのに、時々ふっと哀しそうにするクレアの恋物語。そう、これは間違いなく、あなたの日常に寄り添うミュージカルだ。観劇後しばらく経っても、毎日を過ごす中で、ちょっとした幸せや哀しみを感じる時に、春の木漏れ日の中に、突然降りだす雨に、ホタルが飛んでいるような澄んだ夏の夜に、雲一つない真っ青な空を見る度に・・・、オリバーとクレアの姿が見えてしまうだろう。

現代がハイテクになればなるほど副作用として、人と人との繋がりの希薄や、子供の頃に見た風景の喪失を嘆く風潮がいつの時代にもあるが、この作品を通して、笑い、泣き、そして感動できることによって、私たちの中の‘本当に大切な何か’は未だ失われていなことに、気づかせてくれるのだ。

そして、この素晴らしく素敵なミュージカルを観終わった後のあなたの日常は、きっとハッピーエンドに包まれているであろう。

日韓ミュージカル・コーディネーター 高原陽子 プロフィール

1979年東京生まれ。青山学院大学英米文学部在籍中に、韓国・梨花女子大学へ交換留学。その後、日本の一般企業に就職し、再び渡韓。現在は、ミュージカル・コーディネーターとして、日本と韓国の双方に、様々な作品や俳優たちを紹介している。

韓国人パートナーとの間に一女をもうけ、現在ソウル在住。

― 主なコーディネート事例 ―
(日本) 2017&2015年『レ・ミゼラブル』ヤン・ジュンモ
2016年『ミス・サイゴン』キム・スハ
2014年『Music Museumコンサート』パク・ウンテ・・・等多数
(韓国) 2018年『ソウルスターライト・ミュージカルフェスティバル』中川晃教
・・・他、韓国唯一のミュージカル専門誌『The Musical』誌で日本のミュージカル作品や俳優紹介の際、企画・翻訳を不定期で手掛けている。